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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)886号 判決

控訴人

岸本春雄

右訴訟代理人弁護士

古髙健司

右同

岡本日出子

右同

関通孝

被控訴人

前田勇

右同

清水郁雄

右同

川本賢一

右三名訴訟代理人弁護士

模泰吉

右同

道上明

被控訴人

天野亮

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金一一五万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は一、二審を通じ、これを六分しその一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

「一、原判決を取消す。二、被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金七九三万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。三、訴訟費用は、一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決。

二  被控訴人前田、同清水、同川本

「一、本件控訴を棄却する。二、控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決。

三  被控訴人天野

なし(欠席)。

第二  当事者の主張

一  原判決の引用

当事者の主張は以下のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

原判決二枚目裏三行目の「2(一)」を「2(一)(1)」と、同七行目の「ところが」を「(2)ところが」と、同一〇行目の「本件売買当時」を「本件売買当時から」と、同一二行目の「境界侵犯」を「境界を侵犯」と訂正する。

同三枚目表四行目の「衣笠喬」を「衣笠喬史」と訂正する。

同四枚目表五行目の「中間において」を「中間の立場で」と、同裏六行目の「通行できており」を「通行ができているし」と、同末行の「教え」を「伝え」と訂正する。

二  控訴人の当審附加主張

1  債務不履行による請求原因

(一) 控訴人は、昭和五六年三月頃宅地建物取引業者である被控訴人らに本件土地、建物の買受けの仲介を委託し、仲介契約を締結した。

(二) 控訴人は被控訴人らの仲介により同年四月二五日所有者望月武の代理人村上静夫から本件土地建物を買受け、同日手付金五〇〇万円、同年六月三日残代金一、一〇〇万円合計一、六〇〇万円を右村上に支払つた。

(三) 本件建物は築後二〇年の老朽建物で控訴人はこれを取毀し建物を新築したうえ土地付建物として他へ転売する目的で本件土地建物を買受けたものであつて、本件売買契約前に控訴人は右村上及び被控訴人らに右買入目的を告げた。

(四) (1)本件土地は公道に接していないので他人の私有地(筆数、所有者とも複数)を通行しなければ公道に通じない。(2)そのため本件土地に建物を新築するのに必要な建築確認には隣地との境界確定のほか右私有地の所有者全員の通行承諾書の提出が要求される。(3)したがつて、売主はもとより、仲介人である被控訴人らは本件土地の状況から右通行承諾書の必要なことを知り、知りうべきであつたから、売主には真正な通行承諾書をとり買主たる控訴人に交付する義務があるし、仲介人なる被控訴人らは売主に右義務を履行させ、或いは売主に代つて真正な右通行承諾書を入手して交付する義務がある。

(五) 土地の売主は土地の境界を隣地所有者立会の下に明示する義務があり、仲介人である被控訴人らはこれに立会うなどして売主の右義務の履行を確保する義務がある。

(六) 右売主の代理人村上及び被控訴人らは控訴人に対し右通行承諾書の交付及び境界明示を確約した。

(七) (1)右村上は昭和五六年六月三日控訴人に対し通行地所有者一一名のうち八名連名の署名押印のある通行承諾書を交付したが、(2)このうち増田産業、坂口才造、河瀬こと川瀬隆久の三名については真実承諾をとらないで村上が同人らの署名押印を偽造したものであつた。したがつて、この通行承諾書はもともと署名押印のない三名の欠落、三名の偽造があるもので不完全なものである。

(八) 前同日、村上、被控訴人前田、同天野の三名により本件土地と西側隣地との境界標が設置されたが、これは従前から境界紛争があつた隣接地の所有者増田産業株式会社の立会も、合意もないもので境界が確定されたものではなかつた。また、控訴人に境界確定の立会の機会も与えていない。

(九) 控訴人の損害

控訴人は被控訴人らの前示仲介契約上の債務不履行により原判決三枚目表三行目以下記載のとおり逸失利益(転売利益金)六〇〇万円、前示隣地所有者である増田産業株式会社に支払つた示談金一九三万円の合計七九三万円の損害を受けた。

(一〇) よつて、控訴人は被控訴人らに対し、債務不履行による損害賠償として、連帯して金七九三万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

2  本件土地の売買がたとえ公簿売買であるとしても、境界を確定明示すべき仲介人の義務は免れないのであつて、原判決説示のように境界紛争を強く疑わせるような特段の事情を必要とするものではない。

3  前示通行承諾書は従前ほとんど通行がなかつた本件老朽家屋(空家)への通行について事実上異議がなかつたとしても、建物新築後については異議が予想されるし、建築確認には明示の通行承諾書の添付が必要である。

三  被控訴人らの当審附加主張

1  債務不履行責任について

(一) 控訴人の前示当審附加主張二1(一)の事実を認める。

(二) 同1(二)の事実を認める。

(三) 同1(三)の事実を否認する。

なお、控訴人は売買契約当時本件土地建物をそのまま他へ転売目的で買入れると述べていた。建物新築目的などなかつた。

(四) 同1(四)(1)の事実を認め、同(2)(3)の事実を否認する。

なお、本件土地に関し私道通行については何ら異議はなく、通行承諾書などは必要ではなかつたし、それは建築確認申請にも不要である。

(五) 同1(五)の事実を否認する。なお、本件土地は公簿売買であり、実測面積より広いので正確な境界確定は不要であつた。

(六) 同1(六)を否認する。控訴人は被控訴人らに対し自分は立会わないから、売主の方で境界標を打つておいてくれと述べていた。

(七) 同1(七)(1)を認め、同(2)は知らない。

(八) 同1(八)の事実を争う。

(九) 同1(九)の事実は知らない。

(一〇) 同1(一〇)を争う。

(一一) 同2、3の事実を争う。

2  本件売買契約の仲介手数料は売主側から受領した四八万円を被控訴人前田、同天野がこれを二分して各二四万円宛取得した。買主側から受領した四八万円は被控訴人川本、同清水がこれを二分し各二四万円宛取得した。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一当事者間に争いのない事実

控訴人主張の原審請求原因(原判決事実摘示)1の事実は全当事者間に争いがなく、同2(一)(1)の事実、当審追加請求原因二1(一)、(二)、(四)(1)の事実は、いずれも控訴人と被控訴人前田、同清水、同川本との間に争いがない。

第二事実の認定

〈証拠〉によると次の各事実を認めることができ、この認定に反する右被控訴人天野、同前田本人尋問の結果の各一部は前掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

(一)  昭和三三年一月三〇日望月武は本件建物を新築し昭和四一年八月二三日その所有権保存登記を了した(甲第一〇号証)。

(二)  昭和三三年一二月二九日付売買を原因として昭和四四年一一月四日望月武が本件土地の所有権移転登記を了した(甲第八号証)。

(三)  昭和四五年一〇月二九日望月武は本件土地の西側隣接地である神戸市垂水区東舞子町一八三〇番二二宅地(以下「西側隣地」という)の地積測量をし(甲第二三号証)、同番二二と三五に分筆し、同月三〇日売買を原因として昭和四六年八月二〇日受付で同番二二宅地一二八・〇三平方米を増田産業株式会社(以下、「増田産業」という)に所有権移転登記を了した(乙一号証)。

(四)  昭和五四年頃右増田産業から望月武に対し本件土地が同社の買受けた前示同番二二の西側隣地にくい込んでいるとのことで測量の申入れをし、望月の代理人藤原某と折衝をしたが、その後昭和五五年、五六年頃になり右望月の孫娘の婿で横浜市在住の村上静夫が右境界争いに関連して増田産業の西側隣地を買いましようとの申入れがあり、増田産業の側でも本件土地を買つてもよいとの逆提案をしたところ、右村上は一週間以内に返事をするといつたままその後顔を出さなくなつた(原審証人宮西光男の証言、原審記録一一九丁裏〜一二三丁表)。

(五)  昭和五六年一月頃、本件土地の所有者望月武の代理人である右村上静夫から不動産仲介業者である被控訴人天野が本件土地及び当時既に空家となりかなり老朽化していた本件建物の売却の仲介を依頼された(原審における被控訴人天野亮、同前田勇各本人尋問の結果の一部、原審記録一三六丁裏〜一三七丁裏、一六三丁裏)。

(六)  同年二月一日控訴人は知人の織田一良宅で不動産仲介業者被控訴人清水郁雄と知り合い、三月一〇日頃自らも不動産仲介業者である岸本商事こと控訴人方事務所に被控訴人清水が来訪し、本件土地、建物の売却情報を持参した(甲第三七号証)。

(七)  同月(昭和五六年三月)中旬、控訴人は不動産仲介業被控訴人川本賢一を被控訴人清水から紹介され、同月下旬右川本の事務所で被控訴人清水、川本、前田、天野が仲介業者として参集し、控訴人に本件物件の詳しい内容を伝え、被控訴人天野において売主側の売渡条件等を聞くが、控訴人としては本件土地は公道に接していないのでこれに建物を新築するにはその建築確認申請に私道通行承諾書が必要であるとしてこれを要求するとともに、本件土地と西側隣地との境界に不明な個処があるので同地所有者(増田産業)に立会を求め、これに売主と共に仲介業者として被控訴人らが立会のうえ境界を確定して境界標の設置を要求したうえ、条件が合えば買入れる旨述べたところ、同年四月一七日頃明石市内の喫茶店で被控訴人清水、川本、前田が同前田の行なつた本件土地の都市計画関係照会用紙(チェック記載あるもの)(甲第三六号証)とこれに添付した売主側の売却条件リスト(甲第三六号証二枚目〜五枚目)を持参して控訴人に手交した。そのリスト中に「私道の通行に関する承諾は売主が書類にしてもらいます。同月二〇日に売主代理人が神戸に来るから本件土地北側の通路部分の面積が売買価額の対象となるかの点につきその時話合いをします」旨の記載があつた(甲第三六、第三七号証)。

(八)  同月(昭和五六年四月)二二日被控訴人川本の事務所で被控訴人清水、川本、前田、天野、控訴人が参集し、仲介業者である被控訴人ら自身も売主とともに前示(七)の境界確定と境界標の打込み、及び私有地通行承諾書のとりつけを了承したうえ、契約日を同月二五日と定めて売買を行うことを決め、同日に神戸市兵庫区の中神戸法律事務所に売主側代理人の村上静夫とその妻、永田徹弁護士、仲介業者被控訴人清水、川本、前田、天野、及び買主である控訴人が参集し、売主望月武の代理人村上静夫と控訴人との間で本件土地建物の売買契約をし、不動産売買契約証書(甲第一号証)を作成し、右両名のほか被控訴人前田勇が取引業者氏名欄に記名押印した。その契約書の特約事項の一として、「公簿面積売買とし、かつ契約日における現状有姿において受渡しをするものとする」との約定がなされている(甲第一号証、甲第一八号証)。なお、その際同日付の望月武から村上静夫に対する本件土地建物売買の一切の権限を委任する旨の委任状が提出されている(甲第二号証)。

(九)  同日(四月二五日)に被控訴人前田勇から控訴人に対し本件土地建物の重要事項説明書が交付されたが、その土地面積は「登記簿上一一六・一三、四・一九m2、実測一三二・二三、四・一九m2」と記されている(乙第二号証)。

(一〇)  同年(昭和五六年)五月一九日は残代金一、一〇〇万の支払と所有権移転登記の決済日と定められていたが、通行承諾書がその日までに届かなかつたので、取引は行なわれなかつた(甲第一号証−第二条、甲第三七号証)。

(一一)  同年六月三日(代金決済日)頃、被控訴人天野、同前田は前示本件土地所有者望月の代理人村上と共に実測図面(乙第二号証添付書面)に基づき本件土地と西側隣地との境界標を打つたが、その際控訴人の立会を求めないばかりか、西側隣地の所有者増田産業の立会もないまま右村上が同社から委せるから同人の方でやつておいてくれといわれたといい村上と、この言を鵜呑みにした被控訴人天野、同前田らが独自に行なつたものであり、もとより前認定(四)のとおり従前から境界紛争のあつた増田産業の関知するものではなく、その承諾を得たものではなかつた(原審における被控訴人天野亮、同前田勇各本人尋問の結果の一部、原審記録一四九丁表〜一五一丁表、一五五丁表〜一五七丁裏、原審証人宮西光男の証言、原審記録一二三丁表裏)。

(一二)  同六月三日控訴人は被控訴人前田から同人が持参した同月二日の通行承諾書(甲第一九号証)の交付を受け、残代金を支払つて同月四日受付の望月武から控訴人への所有権移転登記を了した(甲第八ないし第一〇、第三〇、第三一、第三七号証)。

(一三)  同月(六月)一二日控訴人は被控訴人川本に対し仲介手数料として四八万円を支払つた(甲第一七号証)。

(一四)  同月一〇月一四日増田産業から控訴人に対し、本件土地と同社所有の西側隣地とはその境界につき同社の実測二坪三合の不足を理由に目下係争中であること、また後示衣笠喬史が同社に示した前示通行承諾書(甲第一九号証)は同社宮西光男の署名捺印は私文書偽造同行使に該当する旨の内容証明郵便を出した(甲第二〇号証、原審証人宮西光男の証言、原審記録一三三丁表、一四四丁表)。

(一五)  同年一〇月二七日前示増田産業から控訴人に対し境界につき異議を述べ不足土地を返還するか、これを買取ることを求める要望書が送達された(甲第一三号証)。

(一六)  同月二八日控訴人から増田産業に対し境界のことや通行承諾は解決ずみであつたと信じていたので増田産業との紛争は知らなかつた旨の事務連絡と題する内容証明郵便を出した(甲第二一号証)。

(一七)  同年(昭和五六年)一二月二七日控訴人は衣笠喬史に対し本件土地建物を二、二〇〇万円で売渡す契約をし、その特約条項として「一、建築確認許可を停止条件とする。一、私道通行の承諾は売主が行う」旨が定められている(甲第一六号証の一、二)。

(一八)  昭和五七年二月二七日前示本件土地建物の転買人衣笠喬史から控訴人に対し特約条項に基づき解約し、手付金四〇〇万円の返還を請求する旨の請求書を出している(甲第一五号証)。控訴人はこれに応じ、同年三月一二日右衣笠に手付金四〇〇万円を返還した(甲第一四号証)。

(一九)  同年(昭和五七年)四月六日控訴人は増田産業から本件土地の前示西側隣地(一八三〇番二二)を一、〇五〇万円で買受ける不動産売買契約を締結し、手付金三五〇万円を支払つた(甲第二四号証)。

(二〇)  同年五月一九日控訴人は増田産業に対し本件土地が同社の右西側隣地の境界を侵犯していた問題の損害賠償金として金一九三万円を支払い解決し、その旨の示談書を作成した(甲第一二号証)。

(二一)  同日(五月一九日)控訴人は増田産業との前示(一九)の西側隣地の売買の残代金を決済し、同月二〇日受付でその旨の所有権移転登記を経由した(甲第三二号証、乙第一号証)。

(二二)  同年六月一五、二四、二五日、七月一一日に控訴人は本件土地の私道通行承諾書をその所有者ら四名からとりつけた(甲第二五号証の一ないし四)。

(二三)  同年八月一〇日控訴人は本件土地に木造瓦葺専用住宅の増築、前示西側隣地(一八三〇番二二)木造カラーベストコロニアル葺専用住宅新築の建築確認をとつた。なお、この確認通知書には前示(二二)の真正な私道通行承諾書が添付されている(甲第二七号証)。

(二四)  同年一〇月二二日控訴人は春吉武夫に対し西側隣地(一八三〇番二二及び同番五七)を一、二五〇万円で売渡した(甲第二九号証)。

(二五)  昭和五八年六月一五日控訴人は本件土地に木造瓦葺平家建を新築し、昭和五九年五月二日受付で所有権保存登記を了し(甲第三四号証)、土地及び建物を一括して売りに出しているが、未だ転売できないでいる(甲第三七号証六、七項)。

第三請求原因の検討

一仲介契約及びこれに基づく本件土地建物の売買契約の成立

控訴人主張の原審請求原因1の事実については全当事者間に争いがなく、また当審追加請求原因1(一)(二)のとおり控訴人と宅地建物取引業者である被控訴人らとの間で仲介契約が成立し、これに基づき控訴人が望月武から本件土地建物を買受けた事実は、控訴人と被控訴人天野との間では、前認定第二(五)ないし(三)の事実及び弁論の全趣旨に照らしこれを認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はなく、控訴人とその余の被控訴人との間においては前示のとおり争いがない。

二通行承諾書について

(一) 控訴人主張の原審請求原因2(一)(1)の事実、当審における追加請求原因1(四)(1)、(七)(1)の事実、即ち、本件土地は公道に接していないので他人の私有地を通行する必要があるところ、本件売買契約の際、売主望月武の代理人村上静夫が控訴人に対し通行地所有者一一名のうち八名連名の署名押印のある通行承諾書(甲第一九号証)が交付された事実は控訴人と被控訴人天野との間では、前認定第二(七)(三)の事実及び弁論の全趣旨に照らしこれを認めることができ、この認定を覆すに足る証拠がないし、控訴人とその余の被控訴人との間においては争いがない。

(二) 原審請求原因2(一)(2)、当審追加請求原因(七)(2)のうち通行承諾書(甲第一九号証)が少なくとも増田産業の作成部分が偽造されたものであることは前認定第二の(四)(一四)の事実と原審証人宮西光男の証言によりこれを認定することができ、この認定に反し、右通行承諾書は文面を被控訴人前田が書き、これを残代金決済日(六月三日)の直前の同月二日頃前示売主の代理人村上静夫とその妻を被控訴人天野が車で同道して増田産業まで赴き、表で待つていたところ右村上夫妻が通行承諾書に署名押印を得て来たという原審における被控訴人天野亮本人尋問の結果の一部は前認定第二の(四)(一四)の事実、原審証人宮西光男の証言、弁論の全趣旨に照らし到底措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

(三) 控訴人主張の当審追加請求原因1(三)のうち本件建物が築後二〇年余を経た老朽建物であることは前認定第二の(一)の事実及び弁論の全趣旨により明らかであり、そもそも本件土地建物は古家付土地として売出されているところからみても控訴人が本件建物を撤去して本件土地に建物を新築したうえ他へ転売するか、現状のまま他へ転売し建替えは買主に任せるかは別としていずれにしても老朽化した本件建物は早晩建替える必要があつた事実、控訴人はこの転売目的を本件土地建物の所有者望月武の代理人村上静夫及び被控訴人らに告げ、被控訴人らもこのことを承知していたとの事実は、前認定第二(六)のとおり控訴人自身も不動産仲介業者であることのほか〈証拠〉によりこれを認めることができ、他にこれを動かすに足る証拠がない。

(四) 控訴人主張の当審追加請求原因1(四)のうち(1)の事実は前示(一)のとおりこれを認めることができ、同追加請求原因(四)(2)の事実、即ち、本件建物を新築する際の建築確認に私有地所有者全員の通行承諾書の提出が必要とされる場合があることは、前認定第二(二二)(二三)の事実及び〈証拠〉によりこれを認めることができ、これに反する原審における被控訴人天野、前田各本人尋問の結果の一部も主として既存建物があればその住人が使用している私道をそのまま利用すればよい事を理由とするものであり、売買当時空家となつていた本件建物の場合に適合し得ないし、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

三境界確定について

(一) 原判決事実摘示請求原因2(二)のとおり本件売買当時から本件土地につきその隣接地所有者である増田産業から境界侵犯との抗議がありその間に境界紛争があつたのに控訴人には知らされず、控訴人が後になつてこの紛争のあることを知つたとの事実は、前認定第二(四)(一一)(一四)ないし(一六)の事実、弁論の全趣旨を併せ考えるとこれを認めることができ、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

(二) 当審追加請求原因1(八)の事実、即ち、昭和五六年六月三日、村上静夫、被控訴人前田、同天野の三名により本件土地と西側隣地との境界標が設置されたが、これは従前紛争があつた隣接地の所有者増田産業の立会も合意もないもので境界が確定されたものでなく、また控訴人に右境界確定につき立会の機会を与えていない事実は、前認定第二(一一)(一四)ないし(一六)の事実に照らしこれを認めることができ、他にこの認定を動かすに足る証拠がない。

四通行承諾書の交付、境界明示義務の存否

(一) 控訴人主張の当審追加請求原因1(六)のとおり売主の代理人村上及び被控訴人らが控訴人に対し私有地通行承諾書の交付及び境界明示を確約した事実は前認定第二の(七)(八)の事実に照らしこれを認めることができ、他にこの認定を動かすに足る証拠がない。

(二) 控訴人主張の原審請求原因4(一)の事実、即ち被控訴人らが前示(二)のとおり私有地通行承諾書(甲第一九号証)のうち増田産業の作成部分が偽造であることなどその不完全なこと及び前示三のとおりの境界紛争を知つていながら、これを隠くして控訴人に手交したとの事実は、前認定第二の事実の経緯に照らしその疑が全くないわけではないが、これを認定するに足る的確な証拠がなく、本件全証拠によるもこれを認めるに足らない。

(三)  そこで、控訴人主張の原審請求原因4(二)の通行承諾書の偽造ないし境界紛争を知らなかつたことに関する注意義務違反による過失の有無とその前提となる当審追加請求原因1(四)(3)の仲介人として被控訴人らに通行承諾書を売主にとらせ、或いは売主に代つてこれを入手して買主である控訴人に交付する義務ないし当審追加請求原因(五)の境界明示の義務があるか否かにつき判断する。

およそ不動産売買の仲介業者は不動産の売買等の法律行為を媒介することを引受けるもので、事実行為たる媒介の性質に照らし仲介契約は準委任契約であるから、仲介業者は一般に不動産取引について専門的知識と経験を有するものとして、依頼者その他取引関係者に対し、信頼を旨とし誠実にその業務を行ない、委任事務である仲介事務の処理に当つては準委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもつてこれを処理することを要する(民法六四四条、六五六条)。

したがつて、宅地建物取引業者としては仲介契約の本旨に従い善良な管理者の注意をもつて、売買契約が支障なく履行され、売買当事者双方がその契約の目的を達成しうるよう配慮する義務を有し、委任者から特段の指示がない場合においても本件土地のように公道に接しない宅地については私道の通行承諾がありその通行に支障がないことを近隣者や私道所有者などに問合せて調査し、また売買対象土地の範囲が不明確な場合はその境界を明示して買主に土地建物買受の目的を達成させ損害の発生を未然に防止すべき義務があるというべきである。とくに本件においては買主たる控訴人から前認定第二の(七)(八)のとおり通行承諾書のとりつけ及び境界確定の要請指示があり、仲介業者である被控訴人らもこれを承諾したものであるから、この私有地通行承諾書の取りつけ交付、境界の確定については単に売主側の言を軽信しこれをそのまま買主に伝えたのみでは足りず、信義誠実を旨とし、これに疑義があればその真疑や境界確定権限の有無に注意するなどの業務上の一般的注意義務があるというべきである。このことは買主が不動産仲介業者であるいわゆる仲間取引についてもその程度の軽重は別として基本的に異らないものと考える。

そして、本件土地建物の仲介、売買契約の成立にいたる前認定第二の各事実、とくに同(四)ないし(一六)の事実の経緯に照らし、必ずしも信用のおけない言動を続ける前示村上静夫が残代金決済当日漸く持参したという通行承諾書や同決済日当日西側隣地の所有者増田産業から一切を委されたとして独断で境界標を打つ右村上の言をそのまま軽信し、その真偽につき増田産業などに一片の電話確認などもせずそのまま買主たる控訴人に真正なものとして手交し、説明した点は取引の成立を急ぐ余りその場をとりつくろつたものというほかなく、被控訴人らは仲介業者としての前示善管義務ないし信義則に基づく調査注意義務を怠つた過失があると認められ、この認定に反する原審における被控訴人天野、同前田各本人尋問の結果の各一部は前示第二の冒頭掲記の各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

なお、被控訴人らは本件土地の売買がいわゆる公簿売買であることから、仲介人なる被控訴人らに境界につき前認定の売主代理人村上の指示以上に調査すべき義務がない旨主張するところ、成程前認定第二の(八)の事実に照らすと、本件土地建物の売買契約書にはその特約事項として「公簿面積売買」とする旨の約定がなされていることが認められるが、前認定第二冒頭掲記の各証拠、弁論の全趣旨によるとこれは売買代金額積算の根拠として公簿面積を基準にすることを指すにすぎず、これが買受土地の範囲を画する境界を明示すべき売主ないし仲介人である被控訴人らの義務を減免するものとは認められず、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。

五控訴人の損害

(一)  逸失転売利益について

原審請求原因3(一)、当審追加請求原因1(九)のうち、控訴人が本件土地建物の買受後、昭和五六年一二月二七日衣笠喬史に対し本件土地建物を二、二〇〇万円で売渡す契約をしたこと、昭和五七年二月二七日右転売契約の特約条項である「一、建築確認許可を停止条件とする。一、私道通行の承諾は売主が行う」との約定に基づき右建築確認や私道通行承諾が得られないことを理由に買主衣笠喬史から解約されたことは前認定第二の(一七)(一八)の事実に照らし明らかである。

ところで控訴人は、このために転売利益金六〇〇万円の損害を蒙るに至つたと主張する。しかしながら、これが原審請求原因の不法行為ないし当審追加債務不履行に基づき蒙つたこれと相当因果関係のある損害とは認められない。即ち、控訴人が原審請求原因4(二)、2(一)(二)において不法行為と主張する通行承諾書が偽造であることを過失により知らないで真正なものとして控訴人に交付したり、増田産業との境界紛争のあることを控訴人に知らさなかつたという加害行為がなく、もし通行承諾書が偽造であること、境界紛争のあることを被控訴人らにおいて発見しその旨を控訴人に告げていたとしたら、控訴人が本件土地建物を買受けなかつたことは前認定第二の各事実、とくに同(七)(八)(一〇)ないし(一六)の事実の経緯、弁論の全趣旨を併せ考えると、これを推認することができ、他にこれを動かすに足る証拠がない。とすれば、控訴人主張の右不法行為がない場合にはそもそも控訴人が本件土地建物を買受けて、これを衣笠に転売することもなかつたものというべきであつて、控訴人の衣笠に対する本件土地建物の転売利益の逸失をもつて、右不法行為と相当因果関係のある損害ということはできない。

このことは当審追加請求原因である債務不履行責任についても同様であつて、真正な通行承諾書の交付ないし境界明示の義務の履行が当時事実上できなかつたことは前認定第二の各事実、とくに(一四)、(一五)の事実の経緯に照らし明らかであり、そうだとすれば前同様控訴人の本件土地建物の買受、これの衣笠への転売もなかつたと推認でき、転売利益の喪失による損害との間に前同様相当因果関係が認められない。

また、前認定第二の(一四)ないし(一八)の事実に照らすと、控訴人が本件土地建物を衣笠に転売したのは同人が増田産業に対し被控訴人らから取得した通行承諾書(甲第一九号証)を示し、これが偽造であり、境界の確定もされていないことが同社から表明された昭和五六年一〇月一四日ないし二七日の約二か月後の一二月二七日であつて、控訴人もこの事を十分知りながら敢えて転売契約を行なつているもので、通行承諾書の真正や境界の確定ずみを前提としたものでなく、しかも転売契約後二か月後の昭和五七年二月二七日に特約条項に基づき解約されているのであるから、右の転売契約は予め解約の蓋然性が少なくないことを予測して行なわれたものでその転売益は確定的なものとはいえず、形式的に作出された訝しさが残るものではないかとの合理的疑が生ずるし、このように通行承諾書の偽造や境界の未確定が判明した後にこれがないものとして衣笠喬史に対してなした転売とこれによる多額の転売利益の喪失による損害は、特別事情により生じた損害であるというべきであつて、被控訴人らにおいてこれを予見し又は予見することを得べかりしものであつたことが本件全証拠によるも認めるに足らない。したがつて、右転売利益喪失による損害は民法四一六条二項、七〇九条に照らし本件不法行為ないし債務不履行と相当因果関係にある損害とはいえない。

(二)  示談金支払の損害について

原審請求原因3(二)、当審追加請求原因1(九)のうち控訴人が昭和五七年五月一九日増田産業に対し本件土地の境界紛争解決の示談金として金一九三万円の支払を余儀なくされ同額の損害を蒙つたこと、これが控訴人主張の原審請求原因2(二)の不法行為、当審追加請求原因1(五)(六)(八)の債務不履行と相当因果関係のある損害に当ることは前認定第二の各事実の経緯、とくに同(一四)ないし(二〇)の経緯に照らし明らかであり、他に右認定を動かすに足る証拠がない。

(三)  過失相殺について

前認定第二の各事実の経緯に照らすと、本件土地建物の買主たる控訴人自身も不動産仲介業者として不動産売買につき専門的知識と経験を有するものであり、自らも売主代理人村上静夫や被控訴人の持参した私道通行承諾書や境界の説明のみを過信することなく、西側隣地所有者の増田産業や近隣者に問合わせるなどその真偽を確認すれば前示偽造や境界紛争が予め判明し、たやすく損害を回避し得たことが認められ、控訴人には前示損害の発生につき過失があるものというべきである。

そして、過失相殺は被害者の主張がなくても証拠上被害者の過失が認められれば、裁判所がこれを斟酌し得るものであるから(最判昭和四三・一二・二四民集二二巻一三号三四五四頁参照)、当裁判所はこれを斟酌し前示損害額一九三万円から四割を控除したその六割に当る一一五万八、〇〇〇円をもつて損害賠償額と定める。

第四結論

以上のとおりであるから被控訴人らは控訴人に対し、前示のとおりいずれも宅地建物取引業者である被控訴人らが業としてなした商行為である仲介契約の債務不履行により生じた損害賠償金として商法五一一条一項に基づき連帯して、又は民法七一九条一項の共同不法行為による損害賠償金として連帯して金一一五万八、〇〇〇円及びこれに対する本訴状の最初の到達日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年一月二五日から完済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるが、その余の請求は理由がないことが明らかである。

よつて、これと異なる原判決を変更し、当裁判所は選択的併合である不法行為と債務不履行による両請求のうち、その両者の関係に着目して当審追加請求原因である債務不履行に基づく請求を右の限度で認容し、その余の両請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官廣木重喜 裁判官諸富吉嗣 裁判官吉川義春)

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